大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)86号 判決

原告 ポリプラスチツクス株式会社 外三名

被告 特許庁長官

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告らは、「特許庁が昭和五一年審判第二七四二号事件について昭和五五年二月二六日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告ら)

請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

訴外セラニーズ・コーポレーシヨンは、名称を「改良ポリアルキレンテレフタレート成形樹脂の製法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九六九年八月二九日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四五年八月二七日特許出願し、昭和四八年四月二〇日出願公告がされたが、特許異議申立があり、昭和五〇年一〇月三一日拒絶査定を受けた。そこで、セラニーズ・コーポレーシヨンは昭和五一年三月二四日審判を請求し、この請求は昭和五一年審判第二七四二号事件として審理されることになつたが、その間、昭和五三年一一月一日付の拒絶理由通知を受けたので、同年一二月二六日に意見書及び手続補正書(以下、この補正を単に「補正」という。)を提出したけれども、昭和五五年二月二六日補正却下の決定と同時に「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年三月一九日原告ら代理人に送達された。

原告らは、セラニーズ・コーポレーシヨンから本願発明についての特許を受ける権利の承継を受け、昭和五三年八月一日出願人の名義変更届をして、以後本願発明の特許出願人となつたものである。

二  本願発明の特許請求の範囲

1 補正前

全組成物の約二~約六〇重量%の補強充填剤と約〇・二~約一・二の範囲の固有粘度を有する全組成物の約四〇~約九八重量%のポリアルキレンテレフタレート重合体とを緊密に配合することから成る改良樹脂の製造法であつて、該ポリアルキレンテレフタレートをポリプロピレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートから成る群から選択することを特徴とする改良樹脂の製造法。

2 補正後

全組成物の約二~約六〇重量%のガラス繊維と約〇・二~約一・二の範囲の固有粘度を有する全組成物の約四〇~約九八重量%のポリアルキレンテレフタレート重合体とを緊密に配合し、金型を使用して成形することからなる成形樹脂の製造法であつて、該ポリアルキレンテレフタレートをポリプロピレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレートからなる群から選択することを特徴とする改良成形樹脂の製造法。

三  審決の理由の要点

補正後の特許請求の範囲は補正前の特許請求の範囲を実質的に変更するものであるから、本願発明の要旨は、前項1に記載のとおりのものと認める。

本出願前国内で頒布された英国特許第一一〇二八四四号(引例一)には、テレフタル酸と二価アルコールとから製造された結晶性ポリエステルに全組成物の重量を基準として五~五〇重量%のガラス繊維を配合して射出成形等に使用できる成形用組成物を製造する方法が記載されている。そして、上記引例一にはポリエステルとして具体的(実施例)にはポリエチレンテレフタレートのみが記載されているにとどまるが、ポリエチレンテレフタレートの代りに飽和の芳香族ジカルボン酸と飽和のジオールとから作られたポリエステル(飽和の芳香族ジカルボン酸とは具体的に示されているのはテレフタル酸のみであり、飽和なる記載は誤記でむしろテレフタル酸を含めた芳香族ジカルボン酸の意味と解される。)を用いても同様な結果をあげることができる旨記載されているから、引例一はテレフタレートとしてポリエチレンテレフタレート以外のポリエステルを用いても同様な結果をあげうることをも教えている。さらに、本出願前国内で頒布された米国特許第二七六四七一八号明細書(引例二)には、ポリエステルに繊維状のガラスを加えることができる旨記載され、そしてポリエステルとしてはポリエチレンテレフタレートが好ましいが他の好ましいポリエステルとしてはテレフタル酸とプロピレングリコール、ブチレングリコールのようなアルカンジオールとの重縮合物があるとあり、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートのようなポリエステルにポリエチレンテレフタレートと同様にガラス繊維を加えうることを示唆している。

請求人は、本願発明の改良樹脂は金型を用いて成形した場合、成形品の表面の光沢等の点でポリエチレンテレフタレートの場合に比して予想しがたい効果を奏すると主張しているが、本願発明は改良樹脂の製造法に係り、金型を用いて成形することを要件としていないばかりか、プロピレングリコール、ブチレングリコールには種々の異性体が存在し、それから誘導されるポリエステルが全てポリエチレンテレフタレートの場合に比して予想しがたい効果を奏するとも認められない。

してみると、前述のように、引例一にポリエチレンテレフタレートを含めたポリエステルにガラス繊維を全組成物の五~五〇重量%を配合することが、そして、引例二にガラス繊維を配合するにあたりポリエチレンテレフタレートと同様にポリプロピレンテレフタレートおよびポリブチレンテレフタレートをも用いうることが記載されている以上、本願発明はそれらの記載から容易に発明をすることができたものと認められる。

なお、昭和五三年一二月二六日付手続補正が仮りに特許請求の範囲の実質変更でないとしても、前記のとおり、引例一にはその組成物を金型を用いる成形に用いうる旨の記載がある以上、前記判断は変更されない。さらに、本願発明は、特許異議申立人が主張したとおり、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートが少量の三官能性化合物で変性されたものを排除すると解すべき理由はなく、さらに、ガラス繊維の樹脂への接着性を改善する目的でエポキシ樹脂を少量添加することを除外するとする理由もないので、前者の理由で本願発明は本出願前に頒布されたオランダ特許第六九〇〇一〇〇号明細書に記載された発明であり、また後者の理由で本出願前の出願に係る特願昭四四―三七三五三号(特公昭四八―六一七五号)の発明と同一発明と認められ、これらの理由をもつても本願発明は特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決は、誤つて補正を却下したことにより本願発明の要旨の認定を誤つている。また、引例一及び同二の各記載の技術内容を誤認した結果、本願発明の進歩性についての判断を誤つている。さらに、本願発明がオランダ特許第六九〇〇一〇〇号明細書及び特願昭四四―三七三五三号の発明と同一の発明であるとする判断も誤りである。以下に詳述する。

1 補正却下の誤り

審決が、補正を却下すべきものとした理由は、「補正前と補正後とでは、工程は配合することの一工程のみであつたものが、配合と金型を用いる成形との二工程に、また、目的物が、重合体と補強充填剤とからなる樹脂組成物すなわち物質であつたものが、重合体とガラス繊維(補強充填剤)とからなる樹脂組成物で構成された成形物(物品)に変更されたことになり、本質的に技術的思想の同一性が失われた。」というのである。

しかしながら、補正は、特許請求の範囲を減縮すると共に、一部明瞭でない記載の釈明をしただけのもので、特許請求の範囲を実質的に変更するものではない。以下に、その理由を説明する。

(一) 上位概念から下位概念への減縮である。

特許請求の範囲に記載された内容は、明細書に記載された当該発明の技術課題を前提として判断すべきものであるが、本件の場合、補正前の発明の目的は専ら(改良)「成形樹脂」の製造にあり、塗料や繊維、フイルム等の非成形樹脂を包含した樹脂組成物の製造にあるのではない。そして、その明細書全体の記載から、右の「成形樹脂」が、成形前の成形のための樹脂材料から成形後の成形された樹脂製品までを広く総称していることは明らかである(例えば、甲第三号証の一の第一欄第二九行~第三〇行、第二欄第二〇行~第二二行、第一欄第三〇行、第二欄第二九行~第三一行の各記載)。そして、右明細書において、「成形樹脂」「改良成形樹脂」の語が、用途を伴わない単なる「組成物」又は「物質」という概念とは異なる意味で用いられていること、樹脂組成物の他の用途である繊維やフイルム等とも異なるこれらと並列の概念として用いられていることも明らかである(例えば、甲第三号証の一の第二欄第八行~第九行)。

補正却下の理由では、目的物が「物質」から「物品」に変更されたとしているが、発明のカテゴリーで分類するならば、補正前の発明は「物質の発明」でも「物品の発明」でもなく、「物を生産する方法の発明」に該当する。そして、補正後の発明は、「物を生産する方法の発明」の範囲内で、方法を減縮し、合せて、その結果としての物の減縮と不明瞭な記載の釈明をしたにすぎないものである。

「物を生産する方法の発明」において、その「物」が物質か物品のいずれかでなければならないという理由はない。いずれか一方である場合、両者を包含する上位概念である場合、両者の各一部づつを包含する場合、さらには物質の概念にも物品の概念にも含まれない第三の概念に相当する場合もありうるのであつて、いずれの場合も、「物を生産する方法の発明」における「物」として許容されるべきであり、いずれに相当するかは個々の発明毎に判断さるべきことである。

本願発明の補正前の明細書全体の記載によれば、補正前の発明の主たる目的、効果が、最終成形製品に要求される諸性質の向上、例えば、高い強靱性、低い吸水率、良好なクリープ性、望ましい色調の発現と成形特に金型を用いる成形時の処理の容易さにあることが明らかである。この目的、効果は、明らかに、成形後の樹脂とその製造法をも発明の対象として当然に包含している。

このように、補正後の「物」は、補正前の「物」の一態様として明細書中に明記されていた「成形後の樹脂」であり、補正は上位概念から下位概念への減縮にすぎないのであるから、これをもつて本質的な技術的思想の同一性を欠くことになるとする審決の判断は誤りである。

(二) 任意要件を必須要件にする減縮である。

補正前の特許請求の範囲を、任意要件を加えて表現すれば、「……緊密に配合し、所望により成形することからなる成形のための、ないし、成形された樹脂の製造法」となる。しかしながら、審査慣行(甲第二〇号証)に従い、右任意要件を記載しなかつたのである。任意要件を補正前の特許請求の範囲に記載しておいたか否かにより要旨変更の判断が異なるというのは不合理である。

右のように、補正は、目的物を成形された樹脂製品のみに減縮し、この目的物の減縮に伴ない、任意要件であつた成形操作を必須要件とし、かつ、これを特定手段にまで減縮すると共に、目的物に関する明細書と特許請求の範囲の表現上の不一致を訂正したにとどまるものであるから、これを要旨変更とする審決の判断は誤りである。

(三) 工程の附加による減縮である。

審決は、補正却下の理由において、「補正前は一工程のみであつたものが補正後は二工程に変更されている」としているが、明細書に記載された範囲内での工程の附加は、審査慣行上、「構成要件の直列的付加」の名で許容されているものであり(甲第一八号証中の四・二・一の(2)の項)、工程の附加をもつて要旨変更とするのは誤りである。

本件において、「金型を使用して成形する」工程が、補正前の明細書中に記載されていることは、その全体の記載、殊に目的、効果の記載(甲第三号証第二欄第一九行~第三五行)及び実施例の記載から明らかである。

また、審決は補正却下の理由として、「緊密に配合する工程」と「金型を使用して成形する工程」とが、全く独立した工程で、それぞれに全く異なる製品を与えるように捉えているが、明細書の実施例の記載からも明らかなように、この両工程は、実質上連続工程として実施することもできるし、配合と成形とを一装置で工程を区別することなく実施することもできるのであつて、両者は相互に深い技術的関連を有する。そして、前記のとおり、発明の目的が補正前と補正後において実質的に変更がない以上、その発明の具体的な目的の範囲内における技術的事項の減縮的変更は特許請求の範囲を変更することにならないのである(甲第一八号証中の四・三項参照)。

2 進歩性の判断の誤り

(一) 補正後の発明について

(引例一との関係)

引例一には、ポリエチレンテレフタレート(以下「PET」と略称する。)とガラス繊維とからなる成形樹脂及び金型を用いる成形についての技術的思想が開示されてはいるけれども、本願発明のポリプロピレンテレフタレート(以下「PPT」と略称する。)及びポリブチレンテレフタレート(以下「PBT」と略称する。)については何の開示もされていない。

引例一には、概念的に飽和の芳香族ジカルボン酸と飽和のジオールとからのポリエステルも用いることができる旨の記載があるが、それらについての具体的例示は一切示されていないのである。芳香族ジカルボン酸に含まれる化合物の数は百を遙かに超え、また、飽和のジオールについても同様である。そして、この両者を組合せてポリエステルを製造するとなれば、その組合せは無数となる。しかしながら、それらの大半は、現実には引例一に具体的に開示されたPETと同様の効果は示し得ないのであつて、したがつて、引例一は、PET以外のポリエステルの使用については何も開示していないに等しいものである。

これに対し、本願発明のPPT及びPBTは、引例一で唯一つ具体的に開示されているPETを用いる場合と同等の効果を奏するものではなく、はるかに優れた作用効果を奏するのである。(甲第三号証の一の第二欄第一九行~第三五行及び実施例、甲第八号証の一の第一八頁下から第四行~第二〇頁第八行、甲第一五号証の第九頁最下行~第一三頁参照)

したがつて、引例一の記載から本願発明を容易に発明することはできない。

(引例二との関係)

審決は、「引例二には、ポリエステルに繊維状のガラスを加えることができる旨記載され、そしてポリエステルとしてはPETが好ましいが、他の好ましいポリエステルとしては、テレフタル酸とプロピレングリコール、ブチレングリコールのようなアルカンジオールとの重縮合物があるとあり、PPT、PBTのようなポリエステルにPETと同様にガラス繊維を加えることを示唆している。」としている。

たしかに、引例二には、ポリエステルとしてPPTとPBTが使用可能であること及びポリエステルに繊維状ガラスを添加することが可能であることが開示されている。

しかしながら、引例二には、本願発明の目的物、同目的物の前提となつている組成物及び同目的物の製造法のいずれについても開示はされていない。引例二には、電気的コンデンサーのスペーサーとしてポリエステルフイルムを使用する技術が開示されているにすぎないのである。引例二には、ポリエステルとしてPPT又はPBTを選択し、これとガラス繊維を組合せることについての具体的記載及びガラス繊維の添加量についての具体的記載はない。

仮に、引例二が、PPT又はPBTとガラス繊維の組合せを示唆しているとしても、それは専ら電気的コンデンサー用フイルムとしての使用を示唆しているにすぎない。

しかしながら、電気的コンデンサーとしてのポリエステルフイルムにガラス繊維を添加する場合には、その添加量は極めて少量に限られ、本願発明で要件とする二重量%以上のガラス繊維を添加したのでは電気的コンデンサーとしては実用することができないのである。(甲第八号証の一の第三三頁第二行~第三四頁第一〇行、甲第八号証の二参照)

すなわち、引例二は、発明の対象が電気的コンデンサーであり、そこに用いられるポリエステルはフイルムであつて本願発明の成形樹脂とは異なり、ガラス繊維の添加量も本願発明における添加量と本質的に異なるのである。その結果、組成物としてみても、本願発明の成形樹脂における組成物を包含しない、つまり、ガラス繊維添加量の異なる組成物が示唆されているにすぎない。金型を用いる成形法が示唆されていないことはいうまでもないことである。

以上のとおりで、目的物、組成物、製造法のいずれもが異なる引例二の記載から本願発明を容易に発明することはできない。

また、組成物の異同の判断において、量的相違を考慮することなく、引例二に示唆された組成物と本願発明の組成物が同一であるとしている審決は、その点だけからしても誤りである。

(引例一と引例二の組合せとの関係)

以上のように、引例二は、本願発明とは異なる電気的コンデンサー用フイルムを対象とし、組成物としてもガラス繊維の添加量が異なるものを開示し、製造法としても成形樹脂の製造法を開示していないのであるから、引例一と引例二とは全く異質の発明である。したがつて、両者を組合せて一つの技術的思想を導き出すことはできないのである。

(本願発明の作用効果)

審決は、「プロピレングリコール、ブチレングリコールには種々の異性体が存在し、それから誘導されるポリエステルがすべてPETの場合に比して予想し難い効果を奏するとも認められない。」とし、一部異性体の中に効果の確認されていない化合物があるという理由で発明全体の作用効果を否定している。

しかしながら、少なくとも本願発明で例示しているトリメチレングリコール(すなわち一・三―プロピレングリコール)とテトラメチレングリコール(すなわち一・四―ブチレングリコール)が顕著な効果を奏することが明細書の記載及び審査・審判における出願人の主張から明らかであり、プロピレングリコールには合計二つ、ブチレングリコールには合計六つの異性体が存在するにすぎない以上、それぞれの代表化合物における効果の確認によつて、先行技術と対比するについての本願発明の効果の確認は十分にされているというべきである。

被告は、これら異性体を用いた場合の効果が明細書に記載されておらず、また、特許庁における審理の過程においても主張されていないことをもつて、本願発明が予想し難い効果を奏するということはできないと主張しているが、この主張は、特許請求の範囲に上位概念で記載された発明全体が明細書で十分に裏付けられているといえない、或いは、明細書で実際に効果が裏付けられている発明に比し特許請求の範囲が広すぎる、という表現の主張に置き換えられる。しかしながら、このような主張は、一般論としてみた場合、明細書もしくは特許請求の範囲の記載不備(特許法第三六条第四項、第五項)または発明未完成(同法第二九条柱書)に基づく拒絶理由としては正しいとしても、発明の進歩性に関する主張としては、その事実関係が被告によつて立証されてはじめて意味をもつものである。本願発明の特許出願については、特許法第三六条第四項、第五項又は第二九条柱書の規定に基づく拒絶理由は出されていないから、明細書本文の記載と特許請求の範囲の記載には何らの違法も存しない。

(二) 補正前の発明について

補正前の発明における「改良樹脂」とは、既述のように、「成形樹脂」と同義であり、「成形のための樹脂ないし成形された樹脂」の意味である。

補正前の発明は、補正後の発明に比し、「金型を使用して成形する」との要件を欠くもので、その結果、目的物として「成形のための樹脂」をも包含する広い範囲のものであるが、引例一及び引例二との関係は、左の点を除き、補正後の発明について既述した関係と概略同じである。

すなわち、審決は、補正前の発明の作用効果につき、金型を用いて成形することを要件としていないから金型を用いて成形した際の作用効果はその発明の作用効果とは認められないとしているが、補正前の発明の目的物は、既述のとおり、改良樹脂、すなわち成形樹脂であり、成形操作はこの目的物と不可分に結合しているのである。したがつて、金型を用いて成形した際の効果は本願発明の効果の一つというべきであり、これを審決のように、特許請求の範囲に記載された要件が直接もたらす効果のみが当該発明の作用効果であるとするのは誤りである。

以上のとおりであるから、補正前の発明が引例一及び引例二から容易に発明をすることができたとする審決の判断は誤りである。

3 同一発明の判断の誤り

(一)  オランダ特許第六九〇〇一〇〇号明細書(甲第六号証)の発明との同一性について

審決は、本願発明が右明細書に記載の発明と同一発明であるとしている。

しかしながら、右明細書に記載の発明は、ポリエステルを多官能化合物で架橋結合させた三次元構造を有する成形樹脂の製造法に関するものであつて、補正前及び補正後のいずれの本願発明とも技術的思想が本質的に異なるものである。

また、右明細書第二頁第五九行~第七一行には、多くの使用可能な添加剤の例としてガラス繊維が例示されているが、その添加量の記載はない。

したがつて、本願発明が右明細書に記載の発明と同一発明であるとする審決の判断は誤りである。

(二)  特願昭四四―三七三五三号(甲第七号証)の発明との同一性について

審決は、本願発明が右甲第七号証に記載の発明と同一発明であるとしている。

しかしながら、右甲第七号証の発明は、ガラス繊維又はアスベスト繊維を含むポリエステルに所定量のエポキシ樹脂を添加してなる組成物に関する発明であり、製造方法に関する、補正前及び補正後のいずれもの本願発明とは発明のカテゴリー及び技術的思想を本質的に異にするものであるから、審決の右判断は誤りである。

4 手続上の違法

甲第七号証は、拒絶査定(甲第一六号証の一)、特許異議の決定(甲第一七号証)、審判段階の拒絶理由通知書のいずれにも引用されたことのない刊行物である。

かかる刊行物を審決において引例として採用して、本願発明が特許を受けられないものと判断している審決は違法である。

(被告)

請求の原因の認否と主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の主張は争う。

1 その1の主張は争う。

(一) その(一)の主張について

本願発明が、「物を生産する方法の発明」であること、ここにいう「物」には、物質、物品も含まれることは認める。

本件の補正前の発明は、PPT又はPBTとガラス繊維(補強充填剤)との混合物の製造法に係るものであり、そして、混合物は一種の物質である。物質は、物の本質を構成するもので、気体、液体、固体のいずれの状態にあるかを問わない。したがつて、物質という概念には、存在する状態、物を形成するための形態というような概念は本来伴わないのである。補正前の発明の前記混合物も同様である。

他方、補正後の、金型を用いて成形された樹脂とは、繊維・フイルムのような形態にあるものは含まれないというのであるから(このことは原告も自認している。)、物質の存在する形態を規定しているものである。

そうすると、本件の補正は、補正前の特許請求の範囲の記載においては本来含まれていなかつた「形態」の概念を、樹脂すなわち混合物から金型を使用して成形した樹脂と変更することによつて、新たに導入しているものである。

補正前の特許請求の範囲における「改良樹脂」の語が、重合体、すなわちポリアルキレンテレフタレートないしPPT又はPBTの性質が改良された樹脂の意味であることは、その発明の構成要件が原料重合体に補強剤を配合するとの要件のみであることから明白である。

もちろん、配合物(混合物)も物質の一つである以上、それが多くの用途に供され、利用されるものであることは当然である。しかしながら、発明に係るものが利用されるということと、その発明の中に用途が当然に含まれていることとは、全く別のことである。このことは、いわゆる化学物質が特許されるようになつた昭和五一年以降の特許法の第三八条第二号で、物の発明についてその物の特定の性質を専ら利用する物の発明を併合することができるとされていることからも明らかである。

したがつて、原告らの主張は理由がない。

(二) その(二)の主張について

原告らは、補正前の特許請求の範囲を書き換えると、「……緊密に配合し、所望により成形することからなる成形のためのないし成形された樹脂の製造法」となると主張するが、成形工程は任意要件すなわち発明の構成要件ではない要件であるから、補正前の特許請求の範囲を右のように書き換えられる筈がない。

本願発明のように、成形工程が特許請求の範囲に記載されていない場合と、所望により等の表現をもつてそれが記載されている場合とは、本質的に異なるのであるから、原告の主張は理由がない。

(三) その(三)の主張について

本件の補正後においては、目的物の変更がされているほかに、配合工程の後に金型を使用する成形工程が構成要件に附加されている。このように、成形工程が新たに構成要件となつた以上、一工程であつた発明が二工程のものに変更されたのであり、発明の新規性及び進歩性を主張する内容もそれに応じて変つてきているのである。このことは、補正後の第一工程と第二工程とが個々独立の工程であろうと連続した工程ないし一つの装置で実施できる工程であるとに関わりない。

原告らは、本件の如き補正は審査慣行上許容されていると主張するが、それは誤りでる。原告らの指摘する審査基準には、前提として、目的が同一であるとの要件が存在する。しかるに、本件の補正においては、目的物が変更され、発明の同一性が失われているのであつて、特許法第三八条に規定する併合出願としてすら原則として認めていないものである。

2 その2の主張は争う。

(一) その(一)について

引例一には、ポリエステルとガラス繊維との混合物を射出成形できる旨の記載がある(甲第四号証第二頁第五五行~第七五行)。そして、右引例一の「ポリエステル」の概念にはPPT及びPBTが含まれるのであるから、引例二に具体的にPPT及びPBTとガラス繊維との混合物が示されていれば、引例一のポリエステルの中にPPT及びPBTがあると理解するのは当然のことである。そして、引例一にポリエステルとガラス繊維との混合物が射出成形、すなわち金型を用いる成形に付すことが示されておれば、PPT又はPBTとガラス繊維との混合物も射出成形に使用できると予想されることも当然のことである。

なお、本願発明においては、グリコール成分について、プロピレングリコール、ブチレングリコールとあるのみである。そして、それには各種の異性体が含まれている(甲第三号証の一、第三欄第六行~第一〇行)が、本願発明の明細書には、一・三プロピレングリコール、一・四ブチレングリコール以外のグリコールを用いた場合の効果は何ら記載されていないし、また特許庁における審理の過程においても原告は何ら主張していないのである。

ところで、一・三プロピレングリコール及び一・四ブチレングリコールは側鎖をもたないグリコールであり、一方、それらの異性体である一・二プロピレングリコール、一・三ブチレングリコール等はいずれも側鎖をもつグリコールである。

そして、側鎖をもたないグリコールからのポリエステルと、側鎖を有するグリコールからのポリエステルとは、その物性が顕著に相違するのである(乙第二号証)。すなわち、一・三プロピレングリコールからのポリエステルの融点は二二〇度C、一・四ブチレングリコールからのポリエステルの融点は二二六度Cであり、それらはいずれも結晶性の重合体である(乙第二号証の第八四頁(i)の項及び表一五・一四参照)。これに対して、一・二プロピレングリコールからのポリエステルの融点は一二二度C、一・三ブチレングリコールからのポリエステルの融点は八〇度Cであり、それらはいずれも結晶化しにくく、ガラス状である(乙第二号証の第八四頁(ii)の項及び第八五頁の表一五・一五参照)。

本願発明は、ポリエステルとして、側鎖をもたないグリコールからのもののみならず、側鎖をもつグリコールからのものも含むものであるが、本願発明の明細書には、ガラス繊維を配合したことによる効果が記載されているのは側鎖をもたない一・三プロピレングリコール及び一・四ブチレングリコールからのポリエステルについてのみであり、側鎖をもったグリコールからのポリエステルについてはガラス繊維を配合したことによる効果が記載されていない。そして、既に述べたとおり、側鎖をもつたグリコールからのポリエステルは、側鎖をもたないグリコールからのポリエステルに比較して融点ははるかに低く、かつ非結晶性である等その物性は顕著に相違するものであるから、側鎖をもつたグリコールからのポリエステルにガラス繊維を配合した場合と同等の効果を奏するものとは認め難い。

したがつて、本願発明で規定するポリエステルが、すべてポリエチレンテレフタレートの場合に比して予想し難い効果を奏するものとは認められないのである。

(二) その(二)について

引例一には、その第一頁第二九行~第四一行に、飽和ジハイドリックアルコールと飽和芳香族ジカルボン酸とから製造される結晶性ポリエステルとガラス繊維とからなる組成物が記載されており、しかも、その第三頁第三六行~第四七行には、飽和ジオールと飽和芳香族ジカルボン酸とから作つた他のポリエステルを、PETの代りに用いて実施例を繰返したところ同様の結果が得られた旨の記載がある。そして、ここにいう「他のポリエステル」といえば、エチレングリコールの同族体であるプロピレングリコール、ブチレングリコールを用いたポリエステルが容易に考えられるのである。

しかも、引例二には、ガラス繊維と混合するポリエステルとして、その第二欄にプロピレングリコール、ブチレングリコールを例示し、その特許請求の範囲でPETとPPT、PBTを総括する形式でポリエステルが記載されているのであるから、右引例一のポリエステルとしてはPPTやPBTが含まれると解するのが妥当である。

したがつて、本願発明が引例一及び引例二の記載から容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。

3 その3の主張は争う。

本願発明においては、PPT又はPBTとガラス繊維とのほかに各種添加剤を加えることができるとされている(甲第三号証の一、第三欄第四一行~第四三行)のであるが、甲第六号証のオランダ特許明細書に記載されている多官能性化合物は、本願発明にいう、他の添加剤、特に硬化剤に該当する。また、甲第七号証の発明で用いるエポキシ化合物も樹脂どガラス繊維との接着剤であり、本願発明でいう他の添加剤に含まれるものである。

したがつて、甲第六号証及び第七号証に記載の各発明と本願発明とが同一発明であるとした審決の判断に誤りはない。

4 その4の主張は争う。

甲第六号証のオランダ特許明細書、甲第七号証の特許公報は、特許異議申立の手続において提出されたものである。そして、審査においてなされた手続は審判においても効力を有する(特許法第一五八条)上に、審判においても、昭和五三年九月七日付尋問書で意見が徴されているから、原告らの主張は理由がない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの主張する審決取消事由の存否について検討する。

1  その1の主張について

原告らは、審決が、本件の補正により補正前の発明と補正後の発明とでは技術的思想の同一性が失われた、としてこれを却下すべきものと判断したのは誤りであり、結局、審決は本願発明の要旨認定を誤つていると主張する。そこで、まず、補正前の発明と補正後の発明の各内容を検討する。

(補正前の発明)

補正前の発明の特許請求の範囲の記載が、

(a) ポリプロピレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートよりなる群から選ばれた固有粘度約〇・二~約一・二のポリアルキレンテレフタレート約二〇~九八重量%(全組成物に対する%)と、

(b) 補強充填剤約二~八〇重量%(全組成物に対する%)とを

(c) 緊密に配合することからなる

(d) 改良樹脂の製造法

であることは、当事者間に争いがない。

右の(a)ないし(c)の要件は、いずれも混合物(すなわち組成物)をつくるための規定で、(d)はそれを総括するものであるから、結局、補正前の発明は、ポリアルキレンテレフタレートと補強充填剤との混合物(組成物)を製造する方法である。

原告らは、補正前の発明の目的は、専ら改良「成形樹脂」の製造にあり、「成形樹脂」には、〈イ〉成形のための樹脂材料、〈ロ〉成形後の成形された樹脂製品の両者を包含するものであり、「改良樹脂」の語は、明細書中の「成形樹脂」、「改良成形樹脂」の語と完全に同一の技術的内容を意味するものである旨主張している。

しかしながら、補正前の発明は、前記のとおり、「樹脂組成物を製造する方法」の発明であるから、その明細書の詳細な説明の項の中に、当該樹脂組成物を用いた成形法や成形品についての記載があるとしても、そのことによつて前記補正前の特許請求の範囲に記載された「改良樹脂」の語を原告ら主張のように解することはできない。なぜならば、補正前の特許請求の範囲に記載された「改良樹脂」は前記のとおり「樹脂組成物」を意味するものと解せられるところ、「樹脂組成物」と「成形樹脂」ないし「改良成形樹脂」とでは、両者は文言上明確にその意味内容を異にするものであり、もともと、特許請求の範囲の記載は、特許を請求する当該発明の技術的範囲の外延を画定すべきものであつて、これを超えた解釈を容れることは許されないからである。

(補正後の発明)

補正後の発明の特許請求の範囲の記載が、

(a) PPTとPBTよりなる群から選ばれた固有粘度約〇・二~約一・二のポリアルキレンテレフタレート約四〇~約九八重量%(全組成物に対する%)と、

(b) ガラス繊維約二~約六〇重量%(全組成物に対する%)とを

(c) 緊密に配合し、

(c′) 金型を使用して成形することからなる

(d) 改良成形樹脂の製造法

であることは当事者間に争いがない。

そして、右(d)の「改良成形樹脂の製造法」とは、(c′)の要件が規定されている点からみて、成形品の製造法をいうものと解される。

(一) その(一)の主張について

原告らは、本件の補正は、上位概念から下位概念への減縮であると主張する。

よつて検討するに、補正前の発明と補正後の発明の各内容は既述のとおりのものであるから、結局、原告らの主張は、「樹脂組成物の製造法」という発明(上位概念の発明)に対し、「成形品の製造法」という発明は下位概念の発明であるというに帰着する。

しかしながら、「樹脂組成物の製造法」という発明には「物の形」は全く含まれないのに対し、「成形品の製造法」という発明は「物の形」に関連した技術的思想であるから、この点において両者は技術的思想の立脚点を異にするものであつて、この両者が上位概念・下位概念の関係にあるということはできない。原告らの主張は理由がない。

(二) その(二)の主張について

原告らは、本件の補正は、任意要件を必須要件にすることによる減縮であると主張する。

その主張は、補正前の発明においては任意要件であつた成形操作を、補正によつて必須要件とし、同時に、目的物を成形された樹脂製品のみに減縮したのであるから、右の補正は発明の要旨を実質的に変更するものではないというのである。

しかしながら、補正前の発明は、既述のとおり、「樹脂組成物の製造法」に関するものであつて、「成形品の製造法」に関するものではないのであるから、「金型を用いて成形する」という要件は補正前の発明の任意要件とはらないのである。したがつて、これを前提とする原告らの主張は理由がない。

(三) その(三)の主張について

原告らは、本件の補正は、工程の附加による減縮であると主張する。

その主張は、明細書に記載された範囲内での工程の附加は、審査慣行上、「構成要件の直列的付加」の名で許容されているというのである。

しかしながら、成立に争いのない甲第一八号証によれば、原告らが審査慣行と指摘する産業別審査基準「出願公告決定後の補正の部」四・二・一の(2)の項には、「構成要件の直列的付加」と題して、「これは、新たな構成要件を直列的に加える場合であり、たとえば、「AにBを取りつけてなるX」という記載を、「AにBを取りつけ、さらにBにCを取りつけてなるX」とするような場合である。」と記載されていることが認められるところ、この記載によれば、右審査基準にいう「構成要件の直列的付加」とは、補正前も補正後も、当該発明の目的物がいずれもXという同一物である場合のことをいうものと解せられる。ところが、本件においては、既述のとおり、補正前の発明の目的物は「樹脂組成物」であり、補正後の発明のそれは「成形品」であつて、両者の発明の目的物が同一物である場合に該らないことが明らかであるから、この審査慣行を前提とする原告らの主張は理由がない。

以上のとおりで、本件の補正却下が誤りであるとする原告らの主張は理由がなく、右補正却下は正当と認められるので、本願発明の要旨を補正前の特許請求の範囲に記載のとおりのものとした審決の認定に誤りはない。

2  よつて進んで、本願発明(すなわち補正前の発明)の進歩性について検討する。

(一)  ポリエステル成分について

補正前の発明と引例一の発明とを対比すると、ポリエステルとガラス繊維とを混合する点及びその混合割合の点において、両者の間に差異はない。

ところで、原告らは、引例一には概念的に飽和の芳香族ジカルボン酸と飽和のジオールとからのポリエステルも用い得る旨記載されているが、それらについて具体的な例示はなく、芳香族カルポン酸あるいは飽和のジオールという語に含まれる化合物の数は百を遥かに超える多数のものがあるのであつて、しかもこの両者を組合せてポリエステルを製造するとなればその組合せは無数ともいうべきものであり、他面、それらの大半のものは現実には引例一に開示されたPETと同様の効果は示し得ないものであるから、結局、引例一には、PET以外のポリエステルの使用については何も開示していないに等しい旨主張する。

よつて検討するに、成立に争いのない甲第四号証によれば、引例一の実施例で使用されているポリエステルは原告ら指摘のようにすべてがPETであり、それ以外のポリエステルを使用した実施例は記載されていないことが認められるけれども、他方、この引例一には、その第三頁第三六行~第四〇行に、「飽和ジオールと飽和芳香族ジカルボン酸とから作つた他のポリエステルを、PETの代りに用いて実施例を繰返したところ同様の結果が得られた。」旨の記載があることが認められるから、引例一は、ポリエステルとしてPETのみが選択的に有効であるという趣旨のものではない。

そして、成立に争いのない甲第五号証によれば、引例二は、「蓄電器」に係る米国特許発明の明細書であつて、その第一欄第四三行~第五五行には、「上記目的は、反復式

O   O

―(  ∥   ∥     )n―

O―C―R―C―O―R’

(ここでRはベンゼン核を有する二価の基、R′は二~八の炭素原子を有する二価の脂肪族である。)に相当する面分子配向した線状熱可塑性ポリエステルフイルムをすぐれた性質を有する積層蓄電器ユニツトとして用いることができることを発見したことによつて達成された。」とあり、その第二欄第二四行~第二七行には、「本発明により使用される好適なポリエステルは、テリレンという商品名のもとに市販されているテレフタル酸とエチレングリコールとの線状縮合重合体である。」とあつて、その第二欄第三三行~第四一行には、「上記の一般式に適合する他のポリエステルは、テレフタル酸とその置換誘導体とプロピレングリコール、ブチレングリコール、ペンタメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール又はヘプタメチレングリコールのような種々のアルカンジオールとの縮合重合体及び塩素化又は他の置換された二塩基性芳香族酸と置換又は非置換グリコールとの縮合重合体である。」とあり、その第四欄第一〇行~第一三行には、「本発明者等の特許出願において開示したように、ここに論じられるポリエステル樹脂は、ガラス、雲母及び他の無機誘電性物質と結合して、異例の熱安定性を有する合成誘電体を生成することができる。」と記載されていることが認められる。この記載によれば、飽和ジオールと飽和芳香族ジカルボン酸から得られるポリエステルには、PETのほかにも、理論的には原告ら主張のように無数のものがあり得るとはいえ、引例二においては、そのうちのPET以外のものについては、「テレフタル酸又はその誘導体」と「プロピレングリコール、ブチレングリコール、ペンタメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール又はヘプタメチレングリコールのような種々のアルカンジオールとの縮合重合体」という限られた僅かな種類のポリエステルが積層蓄電器ユニットとして用いるに有用である旨の開示がなされているということができる。

そして、右に記載の「テレフタル酸とプロピレングリコールとの縮合重合体」とは本願発明におけるPPTのことであり、「テレフタル酸とブチレングリコールとの縮合重合体」とは本願発明におけるPBTのことであるから、前記のように、引例一において、ポリエステルとしてはPETのほかに他のポリエステルを使用することもできる旨の記載がある以上、引例二において有用と記載されている他のポリエステルであるPPTやPBTの如き限られた僅かな種類のポリエステルに想到することは当業者にとつて容易になし得ることというべきである。

そうすれば、審決が、引例一にPETを含めたポリエステルにガラス繊維を全組成物の五~五〇重量%を配合することが、そして、引例二にガラス繊維を配合するに当りPETと同様にPPT及びPBTをも用いうることが記載されている以上、本願発明はそれらの記載から容易に発明をすることができたものとした判断に誤りはなく、原告の主張は理由がない。

(二)  作用効果について

原告らは、プロピレングリコールでは二個、ブチレングリコールでは六個の異性体が存在するのみであるから、それぞれの代表的化合物である一・三―プロピレングリコールと一・四―ブチレングリコールの実験結果により、本願発明の効果の確認は十分にされていると主張する。

右の主張は、側鎖をもたないグリコールから得られたポリエステルを使用した場合も、側鎖をもつグリコールから得られたポリエステルを使用した場合も、効果に大差はないから、本願発明の効果は、側鎖をもたないグリコールから得られたポリエステルを使用した場合の効果で代表されるとの前提の下に、本願発明の効果は明細書(第一表~第二表)に十分示されており、顕著であることは明らかである、という趣旨のものである。

よつて検討するに、審決が「プロピレングリコール、ブチレングリコールには種々の異性体が存在し、それから誘導されるポリエステルがすべてPETの場合に比して予想し難い効果を奏するものとは認められない。」としていることは当事者間に争のないところであるが(請求の原因三の項)、成立に争いのない甲第九号証(昭和五三年九月七日付尋問書第六項)と弁論の全趣旨によれば、審決の右の判断は、一・三―プロピレングリコールと一・四―ブチレングリコールをポリエステルの原料に使用した場合の効果は別として、これ以外のグリコール、すなわち、側鎖をもつグリコールをポリエステルの原料に使用した場合には、引例一に比して格別顕著な効果を奏するものとは認められない、との趣旨のものと解される。

ところで、成立に争いのない乙第二号証によれば、側鎖のない一・三―プロピレングリコールから得られたポリエステルの融点は二二〇度Cであるのに対し、側鎖をもつ一・二―プロピレングリコールから得られたポリエステルの融点は一二二度Cであり、また、側鎖のない一・四―ブチレングリコールから得られたポリエステルの融点は二二六度Cであるのに対し、側鎖のある一・三―ブチレングリコールから得られたポリエステルの融点は八〇度Cであることが認められるから、これら側鎖をもつグリコールから得られたポリエステルが側鎖をもたないグリコールから得られたポリエステルに較べて、格段に融点が低く、したがつて、低温で成形が可能であるとしても、耐熱性が極めて劣悪であることは明らかである。

そうすれば、側鎖をもたないグリコールから得られたポリエステルを使用した組成物の効果と、側鎖をもつグリコールから得られたポリエステルを使用した組成物の効果とが同程度のものであるとは考えられないから、側鎖をもつグリコールから得られたポリエステルを使用した場合の本願発明にかかる組成物が引例一の組成物に較べて格別顕著な効果を奏するとすることはできないのであつて、審決の前記判断に誤りはなく、原告らの主張は理由がない。

3  その3及び4の主張について

原告は、審決における同一発明の判断が誤りであること及びその判断に当つて甲第七号証が引例とされている点に手続上の違法があると主張している。

しかしながら、当事者間に争いのない審決の理由の要点によれば、右同一発明の判断は、「なお、昭和五三年一二月二六日付手続補正が仮りに特許請求の範囲の実質的変更でないとしても」として、換言すれば、「審決における本件補正却下の判断が誤りであるとしても」として、仮定的に示されたものであることが明らかなところ、既に判示したとおり、審決における右補正却下の判断に誤りはないのであるから、それ以上に右3及び4の点について判断を加える必要はない。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石澤健 藤井俊彦 清野寛甫)

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